「…どーしたらいいんだ、コレ」

ジャブラは呆然と、自分の手にあるチョコレートのケーキを眺めた。

 

 

せいんと★ばれんたいん

 

 

2月14日。巷ではバレンタインと呼ばれる日だったりする。

そんな日に、ジャブラはチョコレートケーキを持って呆然としていた。

普通なら嬉しくて仕方ないはずなのだが、これにはちょっとした訳がある。

ジャブラが作ったものなのだ、このケーキは。

 

知ってのとおり、ジャブラは立派な成人男性。

そんな彼が何故そんなものを作ったか?答えはシンプル。

彼の料理の腕前を見込んで、司法の島にいる女性陣から要望があったからだ。

特に、少なからず想っているギャシーから「お願い」と言われた日には、断れるはずもない。

かくして、ジャブラ先生のチョコレートケーキ教室が開講されたのであった。

 

 

で、バレンタイン当日、彼女たちは思い思いの意中の男性にケーキを配っているわけなのだ。

無論、ジャブラとてかなりのチョコレートをもらったのだが…。

困っているのは自分の作った見本のケーキのこと。

こんな日に、自分が作ったケーキなど食べたい人間がいるはずもない。

 

ふと、頭をとある人間の顔が過ぎったりはしたのだが…。

今朝、山ほどのケーキやチョコで囲まれたその人間はジャブラの前で、甘いものはキライだと言っていた。

こんなにたくさんの甘味は迷惑だ、とも。

そんな人間に渡すのも心苦しい、とジャブラは苦笑する。

やはり、これは自分で処分するしかない。できるだけ食べきろう、と密かな決意を固めるジャブラ。

しかし…。

 

「何じゃ、ここにおったのか」

「んだよ、カク…」

「って、何もってるんじゃ?お、もうチョコレート貰ったんじゃの」

「違ェっての、コレ作ったの俺だし」

「……ぅ」

「う?」

「うぉぉぉぉぉぉ!!それ本当かの?」

「うぉ、おう…そ、だけどよぉ…」

「誰かに渡すために作った、とか?」

「ばっか、これァ、愛しのギャサリンちゃんたちの講師で作った見本だっての」

「!!!…じゃソレ、わしにくれんか??」

 

きゃるん、と小首をかしげながらオネダリする様子は慣れたもの。

当然、兄貴肌気質のジャブラがそれに勝てるはずもなく、何より自分が作ったものでも欲しいと言われるのは嬉しくて。

おう…構わねェよ、と皿ごとカクに手渡そうとしてすっと横から伸びた手に奪われる。

 

「な…誰じゃ!?ワシのケーキを!!」

「あら、独り占めはズルいんじゃないのカク??」

「カ…カリファ」

「お、早ェなカリファ、もうお帰りか?」

「ええ、ブルーノと一緒だったから仕事の処理が早く済んだの」

 

と、カリファはブロンドの髪をかき上げながら笑顔を向ける。…カクに向けた顔とは大違いの。

 

「それより…アナタが直々にお菓子作るなんて、珍しいわね」

「あぁ、今日はバレンタインだからなァ…作り方教えろって煩くてよォ…」

「あら、そゆこと」

「で、処分に困ってたら、カクが欲しいっつーからよォ…」

「………アナタ、どこまで自分の価値理解してないの??」

 

その鈍さといったら、もう。鋭さを売りにするCP9に所属しながらこの純粋さ。

それも、ジャブラが回りから愛される大事な要素だったりするのだが。

そもそも、ジャブラが作ったものなら、島にいる人間の大半は欲しがる。うん、間違いなく。

ただ、いつもはとっても怖いあの男が牽制しているから近寄れないだけで。

だが…本日はなんと、件の彼は任務中、という訳で。

 

「これ…私もいただいていいかしら?」

「え゛〜、これワシの…」

「俺ァ構わねェけど、これカクにやったもんだからよォ…」

「なら問題ないわね」

「問題大有りじゃ!!」

「それ以上騒ぐとセクハラよ、カク」

「あう゛〜」

「ま、まぁ大勢で食ったほうが旨ェだろ、な」

「………また作ってくれるなら」

「わーったよ、だからその情けねェツラ止めろって」

 

ぐりぐりと頭を撫で回されて、カクの機嫌も少しだけ浮上する。

それと同時にカリファの機嫌が少しだけ下がったが、そこは女王の貫禄。

そんな素振り一つ見せずに、優雅に紅茶を淹れ始めた。

 

 

 

と、そんなこんなで。

 

「おー、ティータイムとは気が利くな、カリファ!」

「…セクハラです」

「態度褒めたから!?」

「ちゃぱぱー長官また叱られたのだー」

「……むやみに長官をネタにするな、絡まれるぞ」

「よよい、長官!重なる無礼ェーここァーひとつー俺の切腹でェー」

「だからそれはもういいじゃろ」

 

書類に追われるネロと任地に赴いたままのルッチを除いた全員が勢ぞろいなわけで。

いかにホールでケーキを作ったとしても、7人(ジャブラも入れて、だが)いれば無くなるのは自然なこと。

美味しい、と食べてくれて、喜んでくれたことは嬉しいし、みんなで騒ぐことの好きなジャブラとしては、自分一人で片付けるより効率的だったと嬉しかったりしたのだが。

本当は、ちょっと残すべきだったろうか、と一抹の不安を感じていたりもしたわけだ、これが。

そして、こういう予感ほどよく当たるものである…世の中ってのは。

 

 

 

 

 

「ジャブラぁぁぁぁぁぁぁ…っっ!!!」

「亜gのさうdhgぴ緒くぁwvkmdsんヴぉ………っ!?」

 

そろそろ寝ようかなぁ、などと欠伸をしていたところで、絶叫しながら狼の間の扉を壊れんばかりに開ける男が一人。

あまりにびっくりして舌まで噛んでしまったので、恨みがましく元凶を睨みつける。

 

「てめェ…舌噛んらら狼牙!!」

「ん?それはすまない…じゃない!オマエ、あいつらにチョコやったのか?」

「あいつらァ…?」

「帰ってくるなり、フクロウが自慢してきやがったんだが…」

「おー、みんなで食ったぜ、ケーキ」

「け、けぇき??」

「おう、チョコレートケーキ」

「!!!」

「ど、どしたよ?」

「……のは?」

「は?」

「俺のは!?」

「無ェよ、食っちまったもん」

「!!!」

 

がぼーん、と頭を抱えて絶望するルッチをみて、はてな?と首をかしげるジャブラ。

 

「んだよォ…欲しかったのか?」

「当たり前だ!!今日が何の日か知っているのか?バレンタインだぞ!聖なる日だぞ!この日に恋人にチョコ送らずに他の同僚にやるってなァどーゆーことだ!!!!」

「え…だってオマエ、ビターですら苦手なほど甘ェの嫌い………」

「欲しかった!オマエからならいっそチ●ルチョコでも欲しかった!!」

 

血の涙がでそうな勢いの形相で、ガクガクと肩を掴まれて揺さぶられる。

それは部屋が四重に見えるほどになって、ようやく開放されたものの、傍にはいつものクールな顔はどこえやら、なロブ・ルッチさんがいらっしゃるワケで。

 

「帰ってきていきなり、“ちゃぱぱージャブラのチョコ旨かったのだー”と言われた俺の絶望が分かるか?」

「…」

「“ジャブラの愛情たっぷりだったわ”“ホント、ときめいたのぉ”とか言われちゃったんだぞ!?」

「…いや、オマエ…“ちゃった”はどうかと思うぞ」

「“ジャブラならいい嫁になれるのに、男なのが勿体無ェな”と言った長官殿には頭からコーヒーをかけてきたが」

「………何気に粘着質だよな、オマエ」

「ブルーノに慰められなかったら、俺は絶望から這い上がれなかった」

「………こんなに鬱陶しいんだったら、一生這い上らねェで欲しかったよ」

「そ、それは嫌も嫌いもラブのうち、というやつか!?」

「激しく違ェし」

 

きっぱり言い切って血涙を流し始めた“自称:恋人”に、とにかく困ったままのジャブラ。

 

「だってオマエいらねェっつっただ狼牙」

「いつ!?」

「正月!」

「いくらなんでも早すぎだろ、その時期にバレンタインの打診だなんて誰も思わんが?」

「そ、そーなのか」

「ああ」

「………」

 

となると、自分はもしかしなくてもとてつもなく申し訳ないことをしたのだろうか。

 

「悪ィな」

「白状な恋人だな」

「その恋人ってのやめてくれ」

「それは妻に格上げしろと?」

「むしろ格下げでお願いしてェな」

「却下だ」

 

そのままふてくされたままのルッチは珍しく年齢じみていて。なんだか可愛いかも、と絆されるぐらい。

何かないかな、とふと横の机を見ると、本日の講師料としていただいたチョコレート菓子の山に、自分が使った板チョコの残り。

自分が直に齧っていたソレはまだ半分弱残っているはずだ。

しかたねェな、とジャブラは頭をかきながら、ルッチをどかして机上のそれを手にする。

そしてぱくり、と口に入れ、そのまま腰の酒瓶の中身を呷って…。

 

んぅ…ん……ちぅ…

そのまま拗ねたルッチの顔を強引に固定して口内で溶けた酒の味を帯びたチョコを押し込む。

それでもって、ねっとりと舌を絡めてルッチ好みのキスまでサービスしてみせた。

 

「…ぷは!どだ、旨ェか?」

「…っ!いきなり何するんだ、バカヤロウ!!」

「オマエが欲しいっつーからだ狼牙!」

「……それは、まァ…」

「即席だけどよォ……俺から“直”に受け取ったのはオマエだけだぜ?」

「!!!」

 

確かに。この貰い方は想定していなかったし、これ以上なく“直”にいただいちゃったかもしれない。

 

「で、機嫌は直ったか?」

「…まぁ、な」

「来年はちゃんとしたの作ってやるよ」

「…それは、来年まで俺とお付き合いしてもいいと?」

「さァて、それァオマエの頑張り次第じゃね?」

「!!!」

「今はまぁまぁ愛しちゃってるから…精々頑張ってくれよ?」

「それは、試しに今から頑張らせてもらっても?」

「明日に支障ださねェって約束できるならな」

「……了解」

 

豪快に笑って腕を絡めてくる年上の男にそのままキスの雨を降らせると、年下の男はさっそく来年にむけての努力を始めた。

 

FIN

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ハッピーバレンタイン!

 

そんな訳で、激甘なバレンタイン小説。

表向きなのでルチがヘタレ豹。っていうかコタツ猫…みたいな?

ちょっと白長官的になってしまったかも。

まぁジャブラを男前にするとね、どうしてもね、こんな感じ。

 

カリファ「結局ルッチがオイシイとこ取りじゃない、セクハラよ!!」(眼鏡、クイ!)

カク「ルッチばっかりズルいんじゃ!!」(むー)

ルッチ「誰に何と言われようと、俺のだ!!」

カリファ「ま、アナタからあっさり奪えるとか思ってないケドね」(ブロンド、ふぁさー)

カク「確かに、のぉ」(やれやれ)

ルッチ「しかし、チョコの味もさることながら、ジャブラからのべろちゅうが…♪」(にまにま)

ジャブラ「あ?オマエいつもあんなんじゃんか、キス」(クールに)

ルッチ「いや、まぁ…だがするのとされるのとでは感動が違う!」(拳にぎにぎ)

ジャブラ「じゃしたくねェの?」

ルッチ「いや、したい!ねっとり、ぬっとり!!」

ジャブラ「だから、人前で押し倒すなァァァァ……」(思いっきりハリセン★あたっく)

 

カリファ「……帰って紅茶でも淹れましょうか」(ふぅ)

カク「ワシ、ベルガモット希望じゃ♪」