苛立ちながらつかつかと歩いて角を曲がる。

「………またかよ」

見覚えのある廊下。活けてある花も同じなら、窓から見える風景も同じ。

どうやらまた同じ場所に出てしまったらしい。

「あ゛〜もうっ!何で海軍本部ってこんな広いんだよォっっ」

だだっ広い海軍本部の中で、ジャブラは絶望に肩を落とした。

 

 

はじめてのおつかい

 

 

そもそも、本来暗殺任務につくべく修行しているジャブラにこんな仕事が回ってくること自体おかしい。

ジャブラは心底そう思った。

そう、体術などでは他の候補生の中で群を抜いているジャブラ。

しかし、彼は書類などの作成や届け方などの才は全くなくて。

もうじきサイファーポール入りが確定している以上、そのあたりもキチンとこなせなければこまるとのこと。

別に海兵なんていくらでもいるのだ。こんなもの、事務処理の得意なものにやらせればいいのに。

そう反論したのだが、潜入任務などで会社の下っ端につくこともあるだろう、と諭されればそれまで。

何より命令だといわれてしまっては仕方がない。

ジャブラは嫌々、海軍本部へと赴いた。

 

 

 

「………でけェ」

 

それがジャブラの第一声。

それもそのはず。なにせここにはジャブラのいる訓練施設の100200入りそうなほどの大きさなのだ。

本部と名のつくだけのことはある。

きょろきょろと辺りを見回すと、周りには溢れんばかりの海兵の群れ。

 

“おいボーズ…こんなところで何をしてるんだ?”

“子どもなんかがうろついていい場所じゃねェぞ”

 

口々に好き勝手なことをいう海兵。

うるせェよ、大して強くもないくせに

腹いせに全部殺してしまいたい衝動に駆られたが、この場でその行為にでるのは得策ではない。

ぎろりと一瞥してから、そいつらを無視してジャブラは受付の前に立つ。

 

「何か御用かしら?」

「………大佐からクザン中将にお届け物だ」

 

渡された封筒を見せると、子ども扱いしていた受付の者の目つきが変わる。

中将への遣いだということとが分かると、回りで揶揄していた海兵も一気に押し黙った。

 

「失礼しました。中将殿のお部屋でしたらこちらから12階へ」

「…おう、さんきゅ」

 

内心ざまぁみろと思いながら、ジャブラは静かにエスカレータに乗り込んだ。

 

 

 

静かに上まで動くと、目的の階まであっという間に連れて行く。さすが本部内の機械だけある。

などとどうでもいいことに感心しながらも、ジャブラはクザン中将の部屋を探すことにした。

 

しかし。しかしである。

12階、というからにはすぐに見つかると思いきや、そこは似たような作りの豪奢な扉ばかりで、なかなか目的の部屋にたどり着けない。

金色のプレートにある横文字をなんとか読み取るのだが、クザンのスペルはなかった。

きょろきょろと見回してとにかくぐるぐると辺りを回ってみるのだが…。

「また同じじゃねーかよォ…」

見覚えのある廊下。どうやらぐるぐると同じところに来てしまったらしい。

全く、どれだけ広いというのだ、この場所は。

苛々しながら、とてとてとメゲずに探索に進むと…。

ぼす…っ!

「〜っ!」

「あらあら…大丈夫?」

どうやら通りすがりの人間に当たってしまったらしい。

それも、他ごとに気をとられていたとはいえ顔面から。ジャブラにとってはかなりの失態だった。

「どこ見てんだよっ!」

自分のことを棚に上げて、とりあえず抗議するジャブラ。

「いやいや、あんまりちっこいから見えなくてさぁ」

悪びれもなく笑うサングラスをかけた男。

小さいと馬鹿にされなどすれば、すぐに食ってかかりたい気持ちで一杯なのだが。

で…でかい!

相手の身長は大木のようで、自分をおちびさんと呼んでもおかしくないほど。

悔しいけれど、コレ以上反論などしようもなかった。

「……けっ」

とにかく、探している人物の部屋の方が大事だと、そのままジャブラは踵を返す。

しかし。

「ちょっと待ちなさいっての」

ひょい、といともたやすく首根っこを捕まれてしまう。

 

「なっ!?離せよっっ」

「一体何の用でこんなとこうろついてんだ?」

「そんなん、俺の勝手だ狼牙っ!」

「勝手って……一応このフロアはお偉いさんしかいないんだから、言葉遣いは気ィつけたら?」

「お偉いさんって……アンタも?」

「ん〜ま、一応ね」

「………」

 

とりあえず、相手が高官だということを理解したジャブラはじたばたと暴れるのをやめた。

それを見て、相手もジャブラを床へと戻してくれる。

 

「で、どこに用事よ?」

「クザン中将に…書類……」

「……おちびさん、クザン中将の顔って知ってるか?」

「……知らねェ」

「…ふつーは事前に調べるもんよ?」

「アンタ…知ってんのか、この人っ!?」

「アンタって……初めてだぜ?そー言われたの…」

「?」

「ま、いっか…おいで…連れてったげる」

「………」

 

こんなに軽い高官がいるのか、と疑問に思いつつも、迷って困っているのは事実。

ジャブラは促されるまま、彼の後をとたとたと追いかけた。

 

 

 

「はい、ここ」

「っ!!」

がちゃ、とドアを開けられてジャブラは焦った。

いかに高官で知り合いだからって、他人の部屋を勝手に開けていいわけがない。

「何してんだよ!!」

慌ててバタン、と扉を閉めるジャブラ。

 

「あれ?ここでしょ目的地」

「でもっっ!人の部屋勝手に開けたら…」

「人の部屋って……ここ俺んだけど?」

「え゛…」

「ま、入って頂戴」

 

頭の中がハテナだらけになりながら、ジャブラは促されるまま部屋の中へと入った。

 

 

ちょこん、とソファに座るジャブラの前に、彼…クザン中将は座っている。

 

「紹介が遅れたね…俺ァクザンってのよ」

「す…すんませ…」

「ん?いーのよ怒ってないし」

「ででで、でもっっ!!」

「心配しなくても、君んとこの大佐には言わないって」

「〜〜っ!」

「んで、俺宛に書類持って来てくれたんでしょ?」

「こ、これっっ」

「ん」

 

書類に目を通すクザンは先ほどとはうって変わって真剣そのもの。

それを見て、ジャブラは自分が全然半人前だと肩を落とした。

 

「んじゃ、コレ持ってってね」

「あ、はいっ!」

 

また別に、封筒が渡される。キチンと厳封されているということは、大切な内容なのだろう。

渡された封筒を抱えて早速帰ろうと席を立つ。

 

「ちょい待ち」

「え??」

「どしたの、ソレ」

「べ、別に…」

 

ソレ、というのはジャブラの腕と足にあった傷のことだった。

右腕には青く鬱血した痕、左は手首に酷い擦過傷があった。

足は右足だけなのだが、かまいたちでも浴びたかのようにずたずたに切れていて、いまだに血が乾いていないものもある。

それは、ここ2週間ほどの間にできたもの。

そう、ジャブラのサイファーポール入りが確定になってすぐだっただろうか。

別のところにいる、これまた凄い子どもの話が聞こえてきた。

なんでも、類まれなる戦闘センスで六式のうち四式を習得しているのだとか。

ジャブラは三式会得して、四式まであと少しといったレベルだった。

しかも、相手は自分よりも数歳年下なのだとか。

それがとても悔しくて。それにとても焦りを感じて。ここのところ、オーバーワークだといわれても、時間のある限り鍛錬していた。

焦りを孕んだままのそれは集中力を阻害することにもなって。

結局、ところどころに傷が出来たのだった。

とはいえ、ジャブラは痛がりもせず、動きもいつもと同じ俊敏さで誰も気にするものなどいなかったのだが。

 

「………痛いデショ?」

「こんなん平気…で…すから」

「かーなり無理しちゃってんのね」

「だから、無理なんか…っっ」

「あのね…訓練と無茶は違うのよボーヤ」

「〜〜でもっ!」

「“でも?”」

「〜っ!」

「“早く嵐脚を覚えたい”?」

「!!な、何で…」

「こんなかまいたちみたいな怪我してるんじゃぁね…バレバレだっての」

「………」

「未来あるボーヤに何かあったらみんな困るだろうしねェ…」

「お、れの…代わりなんか……いくら…でも」

「………ふぅん」

「な、何だょ………何ですか」

「ボーヤ、名前は?」

「………ジャブラ」

「俺ァジャブラに何かあったら悲しいけどね」

 

ひょい、と軽々抱き上げられて、とさっとジャブラの座っていた位置にかけながら、ジャブラを膝に乗せるクザン。

そんなことをされたことなど今までに一度もなくて、ジャブラは戸惑いを隠せない。

 

「な…っ!?」

「こんな痛々しい痕つけて…」

 

痛々しい、と思うと、クザンは無意識のうちに自然な動作でジャブラの左手を捕まえ、手首の擦過傷にぺろりと舌を這わせた。

何すんだよ、と振り上げられたもう片方の手が自分に振り下ろされ、クザンはそちらの手もあっさりと捕獲し、鬱血の痕に軽く口付ける。

その感触にびくんと震えるジャブラを見て、敏感だねェと揶揄すると、真っ赤になって手を振りほどこうと暴れた。

それをいとも容易く許して両腕を開放すると、今度は右足にあるふさがっていない傷跡にも舌を這わせた。

ざり、と血の味が広がる口内。痛そうに眉を顰めるジャブラ。

成程、さすがにこれは痛みを我慢することなどできなかったらしい。

 

「……痛かった?」

「〜っ何なんだよっっ!?」

「何が?」

「何で…こんなっ」

「…………消毒」

「………は?」

「唾液には殺菌作用があるからね」

「なななな…っ!?」

「何?どきどきしちゃった?」

「〜〜〜っあ゛〜もうっ!!」

 

揶揄われたのだ、と知って顔を赤らめて叫ぶジャブラ。

そうして苛立ったようにぴょん、とクザンの膝から飛び降り、もう行きます!と扉の方へ向かう。

その様にクククと肩で笑いを堪えていると、そんな高官をぎっと睨みつけてくる反応がまた素直だ。

 

「あぁ、ジャブラ」

「……何スか」

「次に怪我したら……また“消毒”すっから無茶しないようにね♪」

「っっ!!」

 

バタン!

扉が力任せに閉められる。

あ゛〜もう何て思惑どおりの反応を返す子どもなんだろうねェ…

 

「アッハッハ、もう最高だねェあの子…」

 

楽しくて仕方ない、とばかりに天を仰いで爆笑するクザン。

そう、この海軍に関する場所で育ちながら、あれだけ純粋なのは稀。

先日会った、四式覚えたばかりの能面のような天才ボーヤとは正反対だった。

可愛い、まさにその一言に尽きる反応。

だからこそ、思わす“消毒”しちゃったのだけれども。

 

「ジャブラ、か……これからどう育つんだろーねェ」

 

あんな純なままでいられるはずがない、分かっていても興味が引かれた。

全く、これまで俺の興味を引いた対象は全部イイオンナだけだったのよ??

あんなひよっこ(しかも男の子)に関心をもったのなんざ、生まれて初めての経験だった。

 

…ま、興味をもっちゃったもんは仕方ないじゃない

 

持ち前の彼の理論であっさりと結論づけて、下がってきたサングラスを指で押し戻す。

そうして、上体を起こすと目に入ったのは部屋の隅に置かれたクザンのマイ自転車。

 

「………」

 

とりあえずあのボーヤが四式目を覚えたと報告が入ったら、出掛けようかな、などと思いながらクザンは仕事を放って自転車の整備を始める。

その時、自分を見てどんな反応を返すのか、と思うとしばらく楽しい気分でいられそうだった。

 

FIN

_ _ _ _ _ _ _ _ _

 

でもって2年後。

クザン「六式習得おーめでとーっ!」(どーん)

仔ジャブラ「うわー何で中将がここにっ!?」(滝汗)

クザン「ごめんねェ…俺出世するらしくて、なかなか来られなかったのよ」(四式覚えたところでサプライズしたかったのに…)

仔ジャブラ「Σ俺の疑問スルーっ!?」(ガーン!)

クザン「それより…また怪我してるじゃない」

仔ジャブラ「え゛…」(嫌な予感)

クザン「そんなに俺に“消毒”して欲しかった?」

仔ジャブラ「ち、違っ!!」(脱兎!)

クザン「そんな照れなくてもいいって」(あっさり捕獲)

仔ジャブラ「はーなーせェェェェ……!!」(滝涙)

 

まぁまぁ、年齢的にまだアレコレはされませんから落ち着いて、ね♪

 

青キジ「そーそー、俺当時我慢してたのよ?」(ジャブラをぎゅーっ)

ジャブラ「”当時”って言い切んなァァァ……っ!」(机ばんばーん!)

 

 

 

という訳で、水泡様のリク『幼児化(もしくは幼少時代)のジャブラが迷子になって大将がさらっと唾をつける』でした〜。

いや〜、やっと本年のリクエストまでたどり着きました!お待たせしてしまってすみませんっ!!

ちょっとリクに添えてるか自信ないですが、文字通りさらっと味見させてみました。

一応ジャブラさんのもう6年〜8年後あたりに本格的に手を出せばいいと思います!(断言)

こんな駄文でよろしければ献上いたします。あ!何ぞコメントありましたらお気軽に。無論、例によって返品OKでっす。

それでは楽しいリクエスト、どうもありがとうございました(ぺこり)