ひとをころすということ

 

 

 

「ねぇ…していい?」

「…大将、それ約束違反ですって」

 

情事の後。なのにそれらしくもなければ甘くもない雰囲気。

さらには突き放すような口調。

俺に抱かれているときは、堪らなく従順なのに。

それでも、どれだけ快感に溺れていても、決して許さないのだ。

その唇に触れることを。

 

「あのね、俺だって我慢してきたのよ」

「何をです?スルことしてるんだからいいでしょうが」

「やっぱ、愛が大事だと思うわけ…俺としては」

「俺だってそうですよ」

「なら、俺とこういうことするのは一体何でよ?」

「決まってます、愛してるからですよ」

「ならキスさせてよ」

「嫌です」

 

と、まぁこの調子。

淡々と愛を語って、俺が抱きしめれば抱き返す。

体中にキスの雨を降らせれば、お返し、と自分も大胆に痕を付け出す。

なのにどうしてか、自分から何かを強請ることはしないのだ。

 

「ジャブラ…」

「そんな悲しげな顔は似合いませんって」

「誰のせいだと思ってるの」

「…俺、かな、やっぱ」

「俺のこと愛してるなら、キスさせてよ」

「大将を愛してるから、キスさせないんですよ」

 

笑いながら俺の頬にキスをすると、任務に向かうために着衣を整え始めるジャブラ。

全く、そう淡々とされてると、俺も辛いんだけどねェ…

 

「いってきます」

「…気をつけて」

 

もはや、当たり前になったこの台詞を互いに吐き、ジャブラがこの海軍本部から出て行くのもいつものこと。

本当は、もっと笑顔でいてほしいのに。

 

 

 

 

ぽたり、ぽたり

ジャブラの手を流れ落ちる鮮血は、赤の絨毯に浅黒い染みを広げる。

その傍には、ブロンドの死体。

まごうことなく、今自分の手で生を断ち切った者たちだった。

 

「………」

 

むせ返る血の香り。

肉を切り裂く感触。

こんなもの味わい続けたら、普通なら狂ってしまうだろうに。

いや…。

この中にいて、尚猛りのような快楽を感じる俺は、もう十分に狂っちまってるが。

その考えに行き着くと、ジャブラは可笑しさがこみ上げてきて、小さく嗤う。

 

 

大将から好きだ、と言われた。

 

『今すぐにどうこうとかって訳じゃなくて、ただ伝えときたかっただけ』

 

その台詞がなんとも彼らしい、とジャブラは笑った。

そうしてそのまま肌を重ねた、あの日。

青キジの背に手を回して、初めて気付いた。

自分の手は、人を殺す手。もう何人かなんて数え切れないほどに。

誰も信じていなかった。誰も大切じゃなかった。

 

でも、この人に溺れたなら、自分はココでは使い物にならなくなる。

いや、何よりこの人が高みに上る邪魔にさえなる。

 

その事実は、ジャブラの背を凍らせた。

 

取り立てて一番の強さがあるわけでもない俺のせいで。

若さとて、もはや持ち合わせてはいない俺のせいで。

ましてや、男という性別の俺のせいで。

こんな血にまみれた薄汚い俺のせいで。

 

青キジの未来を危ういものにしたくなかった。

 

『青キジ』

『?』

『俺も貴方を敬愛してます』

『あら…嬉しい』

『でも、キスだけはしません』

『………どうして?』

『俺が貴方を好きだからです』

 

貴方を俺にまとわり付く血で汚したくありません。

貴方は海軍の中で最も高潔であるべき人ですから。

だから、貴方が俺に溺れないように、俺も貴方に溺れません。

心に、幾重もの鍵をかけてでも。

 

キスをしないのは、その証。(本当は何度もキスしたいと思った)

俺の決意が揺らがないように。(一度口付けたら、決壊しそうで怖かった)

 

…俺が殺し屋であることは、もう仕方のないことだから。(だから、これ以上貴方を侵食はしません)

 

どうか、どうか頼みます。

いつかその日が来たら、きちんと退路を戻ってください。

 

 

この血にまみれた道を、共に歩んでは欲しくないのです。

 

 

 

 

ひとをころすということ。

それは、感情を押し殺すこと。

自分のなかで一番大切なものを、捨てること。

 

相手の生を断ち切るに相応しい犠牲なくして、ひとをころすことなど不可能なのだから。

 

 

FIN

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はい、第3弾はキジジャブでした。

ええ、キジさんはキスしたくてしたくて仕方ないんです。

でも、ジャブラはキジを好きだからこそ、互いの間に距離が必要だと思ってたり。

人殺しの自分がキジを汚してしまう気がしてしまうのだとか。

ちょっとすれ違い系シリアスを書きたい気分だったんですっっ

どーも当家のジャブラさんはコンプレックスが強いですね…、趣味丸出し。