視界が定まらない中、感じるのは額に当たる熱と、ちゅ、と立てられた小さな音。

“今のはおまじない……俺以外に負けないように”

そうして脳裏に響く、低い声。

その声を聞いたと思ったとたん、ジャブラの視界がぼんやりと明るさを増す…。

 

 

それから少し後のハナシ

 

 

「…夢、かァ?」

 

ぼんやりと霞んだように見えた中、見覚えのある大きなシルエットと声。

それは酷く腹立たしく、懐かしく、なぜか脳裏に刻まれた過去。

 

“ま、せいぜい強くなりなさいよ”

 

余裕に満ちた声が、今でも鮮明に思い出せる。

あれは…それほど衝撃だったのだ。

 

 

 

 

ちょうど5年前。

周りからは強いと賞賛され、ただひたすら対峙した相手を斃すことだけ教えられた。

その中でも、同年代に一際の強さを誇るジャブラに敵うほどの“候補”はいなくて。

必然的に年上としのぎを削ることが当然とされていたあの頃。

ただ毎日が退屈だった、あの時。

 

あっさりと強さの自分の強さの定義を打ち破った男。

クザン、それが男の名。中将、それが男の肩書き。

 

 

 

海軍なんて、お偉いさんの集まりか下っ端しかいないと思っていた。

その中でも、中将クラスといえばかなりの高官だと、肩書きに興味のないジャブラでも分かって。

だからこそ、そんな“お偉いさん”の筆頭があれほど強いとは思ってもいなかった。

その後、何度再戦を挑んでも、3年間ずっと敵わなくて。

必ず勝つと宣言したジャブラに彼は笑って、今の“おまじない”をした。

そして、クザンからも宣言を一つ。

 

 

“俺に勝てるチャンスを作るのはジャブラだけだから”

 

 

最初は意味がよく分からなかったけど、2年も聞こえてくる噂を総合すれば、理解は容易かった。

あの時以来ここに来ることはなくて。

その間、任務に自分からいきたがることはなくても、その達成率は完璧。

破天荒な行動に批判も多いが、それだけの結果を出す男として評価されていた。

 

比べて、自分はどうだろうか。

別に、高官だからどう、とか全く気にする性質ではないのだが。

絶対に勝ってみせる!と豪語したわりに、伸び悩みというのが現状。

6式中3式を得たこと自体凄いとされているのだが、その精度も満足いかないし、何より早く全部を会得しなければ、クザンには勝てない。

 

 

 

「さて、どーしたもんかなァ…」

 

とはいえ、勝つことを諦める気もさらさらなくて。

今日は昨日よりも少し多く訓練するか、などと思って伸びを一つ。

でもって、まじないなんてもの思い出す前にさっさと身体を動かそう、と手早く身支度をすませる。

そうして、部屋から訓練場へと駆け出した。

 

 

 

 

「あら、久しぶりじゃない」

「!?」

 

そうしてそこにいたのは、見覚えのある人物。

もっとも、身につけたものが違いすぎて素通りしそうになったのだが。

 

「ク、クザン中将!?」

「名前覚えてくれてたんだの」

「そ、そりゃぁ…」

「でも、今日からまた違うんだな、これが」

「は??」

「俺ね、今日から大将なの、大将青キジって名乗るように言われてさァ」

「た、大将っ!?」

 

なるほど、それで前身を黒で固めた服装ではなく、海軍に則った服装をしているのだろう。

そして、トレードマークだったサングラスも消え、代わりのアイマスクで前髪を留めている。

地位など全く興味のないジャブラにすら、大将がどのくらい凄いか分かるほど。

聞けば、唯一の大将センゴクが元帥に上がり、彼ともう二人が大将になったのだとか。

 

「せ、世界に三人かよ…」

「ん?別に気にすることないって」

 

ぱたぱたと手を振って否定する飄々とした姿は以前のまま。

それでも、目指す彼がどんどん遠のいて、自分ばかりが取り残されているよう。

 

「んで、今日も戦るの?」

「………いい」

「あらら、元気ないじゃない」

「別に…」

 

会ったときの明るさとは裏腹に意気消沈したジャブラ。

こうなってくると自分が青キジに追いつくことなんて永遠にできないような気さえ…。

 

「アイスエイジ…」

「うわっ!?」

 

ヘコんでいる隙に、訓練場の地面があっという間に凍っていく。

覚えたばかりの月歩で回避したものの、あとすこし反応が遅ければそのまま凍ってしまっていたかもしれない。

 

「な、何すんだよっ!!」

「頭ン中ぐちゃぐちゃになったボーヤを冷静にしようかと」

「ふざけんなよッ危なく凍っちまうトコだったじゃねェかっ!!」

「でも凍らなかったじゃない」

「普通は避けるに決まってんだ狼牙!!」

「ん〜まだまだ甘いんじゃない?」

「は?」

「“普通”だったら避けきれないって」

「………」

「サカズキより先に手ェ出しといてよかったわ、やっぱ」

「なんでサカズキ中将が?」

「あぁ、今大将だけどね、大将赤イヌっての」

「えぇぇぇっ!?」

 

さらっと言われて怒りよりも驚きの方が大きくなる。

よもや、世界に3人の大将のうち、2人が見知った人間とは…。

 

「コラコラ、待ちなさい…本題はそこじゃねェから」

「!?」

「つまりね、普通じゃないぐらい強くなったワケよ、ジャブラは」

「そんな世辞いらねェよ」

「世辞じゃねェって、だから俺ンとこにスカウトされてくんない?」

「は??」

「サイファーポールの最高峰、CP9が俺の管轄になるんだわ」

「…“9番目の正義”」

「そゆこと。で、新しい長官候補が今勉強中だったりするの」

「……」

「だから、人員交代の候補ン中にジャブラも入れといたから」

「え゛ぇぇぇぇぇ…っ!?」

 

冗談のような口調で、とんでもないことを話す青キジ。

ただでさえスランプで滅入っていたというのに…。

 

「………何で」

「?」

「何で俺なんだよぉっ!?もっと他に強ェやついるだろ!!」

「勿論、強さだけじゃなく将来性も適性も見てのことだよ」

「〜っ!」

「“贔屓みたいで嫌”とでも言う?」

「!!」

「でもね、俺が自分で見てきた中で適任だと思ったから推薦しただけだし」

「………」

「ま、受けるのも尻尾巻いて逃げるのも自由だから、考えといて」

 

言いたいことを言ってのけると、踵を返す青キジ。

その後姿を見て、あぁ、自分が見てきたのはこの男の背中だけだと気付いた。

追いたいと思った。

追いつきたいと思った。

共に在りたいと思った。

それがどれだけ無謀であるか理解していたけれど。

 

「誰が逃げるってんだよ…」

 

いけるところまで、ただがむしゃらに突き進もう、と決意した。

 

 

 

 

それから3年して、ジャブラは15歳でCP9の一角を担うこととなった。

その若さで6式全て網羅している彼のCP9入りは史上最年少だと讃えられている。

…まぁ、この7年後に13歳の若者にその記録を塗り替えられたりするのだけれど。

それはともかく、だ。

 

 

「今度はこっちから再戦をお願いしたいんですがねェ」

「あらあら、なかなかイイ貌するようになったじゃない」

 

 

ようやく念願叶った再戦。

CP9の一員となって1年後、またふらりと現れた青キジとの対峙。

 

先に動いたのはやっぱりジャブラの方で。

それをあっさりかわす青キジ。

だけど、以前よりもずっと長引いた戦いとなって。

一太刀入って、首筋に一筋の傷跡。

そこから伝った血は、青キジの真っ白な上着をうっすら染めた。

あと少し避けるのが遅かったら致命傷だったかも、と思いつつ。

ニヤリを笑って繰り出したその長い脚は確実にジャブラの鳩尾にめりこんだ。

 

まぁ、つまり、だ。

結局勝つことはできなかったのだけれど。

 

 

「今にアンタを追い抜いて見せますから」

と、わき腹が包帯だらけのジャブラ。

「ま、やってみれば」

と、首が包帯で巻かれた青キジ。

 

それでも笑いながら勝つと意気込むジャブラの明るい姿は以前とは別物。

それに安堵しながら、青キジはあの時と同じようにジャブラの額にそっと唇を落とす。

 

「な…っ!?もうまじないとかいらないっての!!」

「ん?今度はね、俺のためのおまじないだから」

「は!?大将に勝つためのだって言ったでしょうが!!」

「そうだっけ?ま、いいじゃない」

 

飄々としたポーズを崩さずジャブラの頭を撫でる青キジ。

以前は振り払われた手だったが、今はそっぽを向きながらも止められなかった。

……これは、少しは懐かれたということだろうか。

まじないというのも、少しは効果があるのかもしれない。

 

勝つためという口実だったキス。

強くなって欲しいという意味も多分に込められてはいたが…。

少しでも自分に関心をもってほしかったから、という意味合いも含んでいた。

 

 

 

迷いと曇りのなくなったジャブラの笑顔に癒されながら。

 

「早く大きくなって頂戴」

 

ぽそり、とジャブラに聞こえないように呟いて、青キジは司法の島を後にした。

 

FIN

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3年後。

青キジ「そんな訳で、俺の嫁さんになんねェ?」

ジャブラ「いや、無理だろ…そこは」(滝汗)

青キジ「どこが?」

ジャブラ「俺、男だし」(さらに滝汗)

青キジ「大丈夫、法律変えるって」(権力ばんざーい、だから)

ジャブラ「権力の使い道間違ってるだ狼牙…」(もひとつ滝汗)

青キジ「そんなわけで

赤イヌ「どんな訳だ、大馬鹿者!」(スリッパでスコーン!)

ジャブラ「!?」(Σびくっ!)

青キジ「ほら、ジャブラが怯えてんじゃんかー」

赤イヌ「明らかに貴様の奇行に怯えてるんだろ」(ばっさり)

青キジ「いいから邪魔すんなゴルァっ!」

赤イヌ「素に戻ってるだろ、それ」

青キジ「とにかく、勝負は今だから!もうじき邪魔入るからっっ!!」

ジャブラ「え?」

赤イヌ「邪魔??」

青キジ「ま、そんな訳でお堅いネコちゃんと性悪なキリンちゃんが来る前にここサインしてー」(にっこり)

ジャブラ「だから無理ですって」(焦)

赤イヌ「婚姻届は出せないから」(ライターで燃やしつつ)

 

サカズキのときはやりこめられてばかりだったのですが…。

どうやら赤イヌになるとツッコミ要員度があがります。

そしてルッチやカクが来る前にモノにしとこうって魂胆な青キジ大将。

なーんだ、大将ギャグ要員にもなれるンですね!Σd(・д・) <グッ!!