ガシャ、ガシャン………ッ!

 

「………」

 

今日もまた、金属音が鳴り響いた。

青キジは手に持っていた分厚い書類を机に置くと、無言で隣室の扉を開けた。

 

 

鎖と檻と、そして君。

 

 

「あらら、またオイタしてるの?」

「……これ、外してもらえねェの?」

「駄目。外したら、また手首切ろうとするでしょ?」

 

中へ入るなり、憮然とした表情で両手に巻かれた分厚い皮の手錠をこちらに向ける。

その手錠には頑丈な鎖がついていて、ジャブラが身じろぎする度にじゃらりと音を奏でる。

本当は青キジとしてもこんなものをつけたくはなかったのだが…。

まぁ、事態が事態なのだから、仕方なかった。

 

 

 

あの時。

自分のものにしたのは、ただの興味だった。

そして、周りの反対を押し切って半ば強引にコトを進めたのだ。

しかし…。

一緒に生活するようになって、興味以上のものが湧いた。

始めは、全く懐かない獣のようだった。

 

「俺をここに置く理由なんざ、ないでしょうに」

「ん〜そうかもね」

「だから!何でそうやってはぐらかしてばっかなんですっっ!!」

「だって、答えようがないじゃない…」

「は?」

「俺言ったでしょ、興味があるの、オマエさんに」

「…でもよぉ」

「んでもって、当分飽きる気ないから、もっと自由に過ごして頂戴」

 

そこまで言っても、疑ってはいたのだが。

何日も一緒に暮らすと、本能で無害な人間というものは分かるらしい。

次第に、いろいろな姿や表情を目にすることになった。

何もすることがないのはアレだから、と甲斐甲斐しく仕事を手伝う姿。

面倒で飯を食い損ねることがザラな俺にも、ついでだから、と食べ物を作る姿。

こんなのは軍に入って初めてで、なんだかくすぐったいような気分。

それでも、不快というよりはむしろ快くて。

 

幸せだ、と思ったのだ。

ほんの些細な幸せを、噛み締めて。

 

 

 

それから、ジャブラは外に出たいと言った。

無論、死んだはずの人間が生きていては問題だから、どうしようか迷ったのだが…。

とりあえず、完全に狼になってしまえば問題ないだろう、と外へでかけることにしたのだ。

その後、帰った後のジャブラのはしゃぎ様は創造以上だった。

 

だが、どこにでも面倒な人間はいるようで。

この施設の中でも、一番人の少ない、青キジが昼寝に使う丘にいたのだが。

そのことを最も面倒な人間に伝えてくれた者がいたようだった。

青キジ大将が、銀狼を連れ歩いていた、と。

 

「邪魔するぞ」

「あら赤イヌ…珍しいじゃねェの」

「貴様、昨日どこへ行っていた?」

「どこって、ただの散歩だし、珍しくはないデショ」

「ほう…では連れ歩いていた狼とは、一体何のことだ?」

「………うわ、ほんと耳聡いねェ…」

「あの危険因子を外に連れ出しただと!?露見して全てが台無しになったらどうする気だっっ!!」

「まぁ落ち着きなさいな、そんな簡単にバレやしないって」

「黙れっ!やはり貴様などに押し切られたのが間違いだった!」

「だって、ずっと閉じ込めてちゃ可哀相でしょ」

「消えるはずの命だったんだ、やはり処分するべきだった!」

「……とにかく、センゴクが俺に一任するってんだから、勝手な真似するなよ」

「貴様がそれほど殺気だつほどの存在か、アレが?」

「そんなもの、オマエには関係ねェよ」

 

睨みつけて吐き出すように言えば、流石の赤イヌもそれ以上口論する気はないようだ。

 

「………どこまでも迷惑な存在だなっっ!!」

 

一気に怒鳴りつけると、バタン!と壊れんばかりに扉を閉めてカツカツと出て行った。

 

 

「…ふぅ」

 

溜め息を一つ。

ようやく台風が去った、と隣に避難させていたジャブラを呼んだのだが、返事がない。

聞こえないのか、と数度繰り返しても結果は同じ。

おかしい、と隣の部屋に行くと、ジャブラは呆然と立ち尽くしたままで。

 

「…ジャブラ?」

「……っぱり…」

「?」

「やっぱり、俺が生きてちゃ迷惑だよな…」

「ちょ、落ち着きなさい、ね?」

「もう、誰にも迷惑かける気……ねェのに」

「ジャブラ、ジャブラ!聞きなさい!!」

 

肩をガクガク揺さぶっても、目は虚ろなまま虚空を見つめていて。

それでも、ようやく自分を見たと思ったのに。

 

「………たぃ、しょ…ぉ…」

「だから、気にしなくてもいいっての、ね?」

「すんません」

 

ガリ……ッ!!

言うや否や、自分の手首に一気噛み付いて…。

その人よりもはるかに鋭い犬歯が肉に食い込んでいくのがスローのように鮮明で。

ぴしゃり、と顔に鮮血が飛び散ってくるまでの数秒、青キジの意識は飛んでいた。

 

 

 

それからというもの、一気に全てが変わった。

軍の医療技術の高さでなんとか助かったジャブラは、回復と同時にこの部屋で手錠を嵌められた。

無論、海楼石の効果は絶大で、自力で外すことなどできない。

さらに、部屋を歩きまわれる程度の太い鎖で繋ぎとめて、自由を奪うことで命を救うしか、手はなかった。

さらに、執務室から繋がるこの部屋には鉄格子が嵌められて、完全に檻と化している。

 

「俺が自害したほうが、都合いいでしょうに」

「冗談、そんな真似なんか絶対ェさせねェ」

「で、俺ァ檻の中で飼い殺しってか」

「檻?ふふ、いいじゃない」

「は?」

「鎖と檻と、そして君。君の生殺与奪は全て俺次第ってことでしょ」

「………」

「そんな顔しないの、今にこの部屋、元の君の部屋みたく外にしてあげるから」

 

そうすれば、外が恋しいこともなくなるよ、と嗤う自分は、とうに壊れているのかもしれない。

それでもよかった。ただ、ただ君が存在してくれるだけで。

それだけで、世界はこれほどの彩りをもつのだから。

 

 

「泣かないで、何があっても俺が守ってあげるから」

 

 

そういって、ただただ無言で泣くジャブラの髪を梳いて抱きしめると、そこには確かな温もり。

これを喪失することなんて、考えたくもなかった。

 

たとえ、君が壊れてしまったとしても。

たとえ、僕が壊れてしまったとしても。

 

失いたくは、なかった。

 

FIN

_ _ _ _ _ _ _ _ _

 

そんな訳で、前回の「6.自己犠牲=自己満足」の続きになりました。

甘々にしようかダークにしようか迷ったんですが、ちょうど残っていたお題が当てはまりそうだったのでダークで。(また?)

 

くずのは「そんな訳で、歪んだ愛情お題コンプリート!!」(ぱちぱちぱち〜)←セルフ祝い

ジャブラ「どこら辺がめでたいんだァァァァ…っ!!!」(がしゃーん、と卓袱台返し)

青キジ「あらあら、危ないじゃない」(暴れるジャブラをひょいと担いで)

ジャブラ「今回ばっかは俺正しいでしょうがっ!!」(じたばた)

青キジ「まぁいいじゃないの、落ち着きなさい」

ジャブラ「アンタ完全に壊れてんだぞ!?」

青キジ「別に構わねェよ?」(きょとん)

ジャブラ「え゛…」(滝汗)

青キジ「何より、赤イヌに牽制できたから問題ないし」(しれっと)

ジャブラ「け、牽制??」(小首かしげ)

青キジ「アイツ、ジャブラをゲットした俺が羨ましくてしょうがないみたいでね〜」(にこにこ)

ジャブラ「上の小説をどう曲解すりゃそうなるんでっ!?」(どばー、と滝汗)

青キジ「ま、ジャブラは俺のだけどね」(担いだジャブラを降ろしてぎゅーっと♪)

 

くずのは「あらあら、ラブラブじゃないですかァ★」(にやにや)

 

どんな形であっても、愛情いっぱいがウチの基本です!(どーん!!)

どうでしょう、最近こんなテイスト続きですが…。このままじゃ可哀相って方は、またお知らせください。

そしたら、ハッピー編も書きます。